家と財産を守るための〜不動産の相続対策
家と財産を守るための〜不動産の相続対策
文書作成日:2023/06/20
貸室の原状回復

退去後の貸室にキズや汚れなどの損傷があった場合、賃借人に原状回復を求めることはできますか。

Q
今月のご相談

 自主管理をしているアパートを相続しました。先日、そのアパートの賃借人から、予定どおり貸室を退去したとの連絡があり、鍵の返却を受けました。部屋を確認したところ、飼っていたペットの仕業と思われるキズや汚れ等(以下、損傷等)が柱やクロスに残ったままの状態でした。賃貸借契約書には、「賃借人は、本契約が終了し明け渡しのときまでに、原状に回復しなければならない」とだけ明記されています。この損傷等は賃借人が原状回復を行う義務を負うため、原状回復が完了していない以上、明け渡しは履行されていないと理解してよいのでしょうか。

A-1
ワンポイントアドバイス

 今回の損傷等は通常損耗とはいえず、賃借人は原状回復を行う義務を負うことになります。また、賃貸借契約書には、明け渡しのときまでに原状回復を行う義務を負う旨が明記されており、入居時に契約当事者間で合意していることから、原状回復が完了するまでは、未だ明け渡しの履行がされていないと理解してよいと思われます。

A-2
詳細解説
1.原状回復の定義

 2020年4月1日に施行された改正民法では、賃借人は貸室の原状回復を行う義務を負うが、通常損耗の原状回復を行う義務は負わない、と明記されました(民法第621条)。

【民法第621条】
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。
ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

 また、民法621条の規定は、先に国土交通省が示したガイドラインの考え方と基本的に同様といわれ、原状回復の定義を「賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損(特別損耗)を復旧すること」とし、これらの費用は賃借人が負担し、経年劣化・通常の使用による損耗等の修繕費用は、賃料に含まれるものとして賃貸人が負担するとしています。

2.ご相談のケースの場合

 今回の損傷等は、通常損耗とはいえず特別損耗に当たるため、賃借人は原状回復を行う義務を負うことになります。なお、この規定は任意規定のため、当事者合意があれば特約で賃借人が特別損耗に限らず、通常損耗についても負担することを設けることは可能となります。ただし、入居したい特別な事由等がない限り、賃借人が通常損耗を負担する賃貸借契約はごく稀です。

 原状回復に関する独立行政法人国民生活センターへの相談は、毎年1万3,000〜4,000件程寄せられています。「想定よりも高額な請求を受けた」「普通に生活していた中でついたキズや汚れの補修費用を請求された」「入居前からあったキズなのに修繕費用を請求された」といった内容が多くありますが、これらトラブルに対する基本的な考え方は、国土交通省のガイドラインにおいて具体的な事例を基に解説されていますので、一読し見識を深められるとよいでしょう。

 今回ご相談の賃貸借契約書には、「賃借人は、本契約が終了し明け渡しのときまでに、原状に回復しなければならない」とだけ明記され、工事業者の選定方法や原状回復の内容、工事費の負担等については触れられていませんでした。これらについては、入居募集を依頼する不動産仲介会社等に相談し、トラブルになりやすい事項を確認の上、あらかじめ賃貸借契約書に反映させておくことが望ましいでしょう。

3.賃料相当損害金の請求

 賃貸借契約の終了により賃借人は貸室を明け渡す義務を負いますが、今回のように原状回復の完了までは、明け渡し(賃貸借契約の終了)が認められないと解釈できるのであれば、貸室を第三者に賃貸できない期間は、社会通念上合理的と認められる範囲内で、賃料相当損害金の請求ができないかという疑義が生じます。

 これら原状回復の履行の請求や賃料相当額損害金の請求等については、賃借人との交渉が不可欠で安易に判断・解決できるものではなく、交渉が長期間に及び訴訟等に発展することも想定されますので、早い段階で専門家に相談し助言を仰ぐことをお勧めします。また、今後もこれまでどおり自主管理を継続するか、不動産会社に管理を委託するかについても、これを機に検討されるとよいと思われます。

<参考>
 国土交通省「「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」について

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